内科開業奮闘記


整形の移転と内科開院

昨年12月25日に山口大野内科消化器内科が河野院長、看護師2名と受付スタッフ2名、計5名で開院しました。整形の移転から内科のオープンまでの経過についてお話ししたいと思います。

私は、昨年11月27日に内科隣に整形を移転した、大野整形外科リウマチ科院長の大野雅則です。医療法人飛孝会の理事長もしています。

「どうしようか?」

大野整形外科リウマチ科は平成28年5月2日に開院しました。おかげさまで沢山の患者さんが来院されリハビリ室で待たれる患者さんが多くなってきました。治療機器を置くスペースも増やせず、待合の椅子も増やせず、患者さんを立ったままでお待たせすることが増えてきてました。対処するにはリハビリ室を広げないといけない、と思ったのが平成29年のことです。リハビリ室を増築しようか?移転しようか?そう考えていたところ、丁度、現内科の裏(現整形外科の建物)に良い土地が見つかり、そこに整形を移転させ残った建物で内科をしようと考えた訳です。
平成31年(令和元年)秋に整形の移転、そのあとに旧整形の建物を改装して内科の開院をすることにしました。

「逆算計画」

その為に、全てを逆算して計画を立てます。整形の建物の設計を平成30年秋~冬に開始。整形の建物を建築するのは6月から、既存建物の解体を5月まで・・・、という風にです。
整形の建物の設計は知り合いのご紹介で佐賀の建築士さんにお願いしました。とてもお洒落な設計をされます。スケジュールがタイトだったのですが、こちらのわがままを聞いてくださり綿密に準備を進めてくださいました。

「建設会社と退去」

建築は旧整形の建築に携わっていた業者さんと他の建設会社さんに見積もりを出して、旧整形の建築をしてもらった業者さんに決めました。
整形の建築予定地にはアパートが建っていましたので、住人の方の退去は管理会社さんにお願いし、建物の解体は別の不動産会社に紹介された解体業者さんにしてもらいました。

「地鎮祭」

令和元年6月中旬には地鎮祭を行いました。私と妻の両親にも参加してもらいました。雨の中の地鎮祭でした。

「基礎工事」

その後は地盤改良の杭打ち作業、基礎工事、柱を立てます。杭打ちでは初めて見る大型の機械が搬入され、 地面を筒状に掘っていきながら地中にコンクリートを流し込みます。 基礎の枠組みと鉄筋を組む作業は中学生の頃に実家の新築時に見ていて手伝ったのもあり、私も鉄筋を組む手伝いをしてみたい衝動に駆られました(笑)。 基礎の枠の中にコンクリートを流し込む時には10人程度のメンバーで頭に麦わら帽をかぶっての作業です。 特殊な機械で振動を与えて空気が入らない様に隙間なく流し込む人、床の高さを水平にならす人。 新人さんからベテランさんまでチームワーク良く作業されました。

「チームワーク良く上棟」

柱を立てるときには、工場でプレカットされた柱が持ち込まれ、番号が書かれた部材を順々に立てていきます。柱だけではもちろんぐらついて安定感が無いので、梁を渡します。そして柱と梁の間は仮の筋交いで固定します。それを受け持ち担当を決めて、リーダー役の人が指示を出しながらスムーズに作業を進めます。チーム作業だなと思いました。

「楽しみな餅まき」

柱を立てる作業は1日半で終わり一段落です。大雨の影響も受けずに比較的順調に工事は進みましたが、当初の予定より1週間の遅れが出ていました。もしもの事があっては困ると思って、上棟と餅まきを1週間後にずらしていて正解でした。8月31日午後が上棟の餅まきです。

「名医河野先生」

上棟の当日は午前中は診療を行って、午後から餅まきの予定でした。しかし一番餅まきをしたかった私は参加できませんでした。診療終わりに私は二次救急当番の日赤に向かったのです。ひどい腹痛で駆け込みました。その時の救急担当医は内科院長の河野先生です。血液検査やCTで診断をつけてもらい入院しました。人生2回目の入院です。大ごとではなかったのですが、2日間腹痛に苦しめられました。病名がはっきりして治療の方法を河野先生から聞いて、痛みに苦しんではいましたが少しホッとしました。河野先生の穏やかな話し方と表情にとても安堵しました。入院中には看護師さんには数時間おきに痛み止めの薬をお願いしましたが、「痛みで辛いですね」という優しい言葉に救われました。

「トラブルがやみつき」

昔の整形の建築時の餅まきは、山口では10年ぶりの大雪の中で行いました。大雪の中でも300人くらいの方が来られました。今回の整形の建築時の地鎮祭も雨の中。そして今回の餅まきは入院で参加できず。何かイベントの時には様々な不具合に見舞われる様だと感じました。

「スタッフと理念」

しかし、私が餅まきに参加できなくても、残ったスタッフ達が自分達で何をしなければいけないか考えてくれ実行してくれました。私が指示を出さなくても自主的に動いてくれる素晴らしい行動を見せてくれました。普段から、当院の理念「喜びと笑顔あふれるクリニック」を患者さんに実践するために考えて行動する癖がついているからだと思います。

「汗だく大工さん」

暑い中で大工さんたちが週に6日作業をしてくださいました。大工さんやその他の業者さんの大半が九州から来られた方たちです。大工さんたちは週の5日間を湯田温泉のホテル住まいです。そのホテルでお仕事をされている患者さんと大工さんがお知り合いになられたということも聞きました。大工さんたちは暑さ寒さに慣れておられるようで、真夏の暑さの中、作業が遅くなることもなく、遅れを取り戻してくださいました。工事中は人的な怪我が無いようにと毎日祈っていました。

「メル友の現場監督」

内装工事が進むにつれ、建築前に決めていた照明の最終決定やコンセントの位置や数を変更したり、ドアの幅の変更・開ける向きの変更、クロス決め、床材決めなど沢山の決定事項が毎日の様に業者から提案されたり、こちらからお願いしたり。今は便利な物があるので、工事現場監督さんとLINEでメール交換し、時には図面の写メも送ってもらい直ぐに決定していました。「〇〇は明後日までに決めないと間に合いません」と半ば脅迫メールまがいの連絡も届きます(笑)。監督さんも工期を守る為に一生懸命ですのでこちらも一生懸命対応しました。お互い様です。

「貴重な経験」

壁のクロスはこんな風に貼って行くのか、床材を貼る時の接着剤ってすごく臭う、など建物が出来上がって行く途中の現場を見ながら普段使わない五感を研ぎ澄まし、人生で何度も経験しない2軒目のクリニック建設を貴重な経験だと実感していました。

「哀愁から期待」

移転に向け、最終段階の調整は、引越し作業です。医療機器の移動や診察関連の机や椅子や薬品の移動を様々な業者と連絡しながら、日時・時間を調整し、スタッフへの役割分担を指示します。引越しは数日間の休診を取り移動させた機器が全てうまく動くことを業者と確認しました。
引越し数日前から感じていた、古い整形の建物への哀愁は引越しと共に新しい職場が上手く機能するかどうかの心配に変わっていきましたが、様々な人の協力のおかげで全く問題なく移転開院を迎えました。

「椅子が足りない」

11月27日移転当日は数日間の休診で診療を待っていてくださった患者さんが溢れるくらいに来院されました。椅子を沢山出しても足りないくらいの立ち見状態。本当にご迷惑をおかけしました。

「改装と研修」

移転の余韻も冷めない間に、12月からは内科への改装作業が始まりました。それとほぼ同時に内科スタッフの研修開始。研修初日は、患者さんへの接遇やスタッフ同士の協力の重要性を皆で考えてもらいました。困っている患者さんが安心するにはどうするのか?笑顔、話し方、伝える言葉選び、などなど。最初は受け身状態だったスタッフも自主的にそういった大切なことを実践するための行動を考えてくれるようになりました。

「マニュアル」

工事と並行して、マニュアル作りと診療のための資料を作ったりします。工事に関係ないところには医療機器も搬入され、その都度業者から使い方を教えてもらいます。初めて扱う機器ばかりなので皆本気で対応します。そして操作マニュアルを作ります。

「嬉しい言葉」

改装工事途中で1回目の模擬診を行いました。患者役の方に診察室に入っていただいて一連の診療での問題点を洗い出します。数人の方から意見をもらいそれを元に修正を行います。初めての仕事でカチカチな対応をする人もいれば、さらっと患者さん役の心を掴む言葉をかけたりできる人。内科院長の河野先生はもちろん後者です。アンケートにもとても良い言葉が散りばめられていました。「穏やかな話し方」「次に来るアドバイスをきちんともらえた」「よく話を聞いてもらえた」などなど。

「内覧会」

12月15日(日)は内覧会です。整形外科の看板がまだ屋外に残っていたため、ここは内科ですか?と尋ねる人がおられました。お腹のエコー体験、血管年齢検査、健康相談などの催し物を行い、院長の河野先生は丁寧に穏やかな口調で来場者に説明しておられました。患者さんから「優しい」「明るい対応」と言ったスタッフへの言葉もあり疲れと緊張が吹っ飛んだ1日でした。開院前に診療や検査の予約をされた方もおられました。

「開院」

12月25日はいよいよ開院です。河野院長を慕った患者さん、ご友人、お知り合いの方々から届いたお花がクリニック内を彩ります。河野院長とスタッフの晴れ舞台です。診療前にみんな揃って記念写真を撮りました。生き生きとした晴れ晴れしい顔です。午前中に21人の患者さんが来院されました。初めての慣れない環境の職場でも明るく優しい言葉で対応するスタッフと、忙しくても丁寧に患者さんのお話を聞き、適切なアドバイスをされる河野院長がキラキラと輝いた存在に見えました。

医療法人飛孝会
理事長 大野雅則